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2018/12/26

若坊守のいこいこ日記(祖母との思い出)

久々の投稿なのにまたお別れの話で申し訳ないのですが

実家、岡山の祖母が11月に往生しました。

一般的におばあちゃんというのは孫を可愛がるものだと思うのですが私にとって祖母は大変厳しく怖い存在でした。

 

子どもの頃はいつも本堂の拭き掃除を私一人にさせたり、食後の洗い物は食べ終わってみんながテレビを見ていても

私だけが呼ばれて手伝わされたりしていたので、正直、意地悪だなあと思っていました。

やってみたい習い事も反対されたり、お友達のお家に遊びに行っても私だけ早く帰らないとひどく怒られました。

その後、祖父が亡くなりどんどん祖母の性格はきつくなって怒られることが多くなっていきました。

 

そんな生活に窮屈さを感じていた私は高校を卒業したら絶対家から出て一人暮らしをしたいと思っていました。

その後大学、仕事と10年間を京都で過ごし、祖母との距離ができました。

だんだん年老いていく祖母は会うたびに小さく、性格もかわいらしくなっていきました。

 

そして西方寺へ嫁ぐことが決まった時、「遠いなあ、寒いところじゃろー」と心配してくれました。

私が何度も「三重は寒くないよ」と伝えてもその時はそれならよかったと安心してくれましたが、次の日には同じことを言って心配していました。

 

私は生後2か月の頃から母親が仕事に出たため、祖母に育ててもらったそうです。

生後2ヵ月の赤ちゃんを一日お世話するのはどれだけ大変だっただろうと驚きます。

私はその頃のことは覚えていないけど、でも祖母におんぶされて本堂へ向かう廊下の光景は覚えているのです。

現在3歳の娘を育ててきて、どれだけ子どもを見るのが大変なのかということが分かりました。

祖母は赤ちゃんの頃から私を育ててきて、自分の子どものように思っていたからこそ、厳しく接し、しつけたのかもしれないなあと思い、母親になってやっと感謝の思いを持つことが出来ました。

 

里帰り出産をしたため、祖母に生まれたての娘を見てもらえたし、名前も覚えてもらえました。

もう長くないという知らせを受けて娘と岡山に帰った時は、私の名前か娘の名前を呼んで(一文字違いなので)手を振ってくれました。それが最後となりました。

 

今は仲の良かった祖父とお浄土で会って、二人で一緒に私に「お念仏しなさいよ」と言っていると思います。

この世界ではお別れでしたが、また会える世界、お浄土があるし、今なんまんだぶとお念仏がでるのは祖母のおかげです。

 

今年は大切な人とのお別れが続きました。

きっと娘もいろんなことを感じ取って成長してくれたのではないかなと思います。

 

来年もよろしくお願いいたします。

合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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